「UXアーキテクトって何をする人なの?」
こんな質問をわりと頻繁に受ける。
UXデザインが一般化してきた一方で、「UXアーキテクト」という職能はまだ認知が薄い。実際に調べても情報は断片的で、実務の中身まで触れている資料は少ない。
さらに、企業内には役割として存在しても、フリーランスとして外部から入って実働している人は多くない。だからこそ「結局なにをする人なのか」が伝わりにくいのだと思う。
事実、数々の調査を踏まえても職種としては少数派とされる。
ということで、この記事ではその疑問に対して「定義」ではなく「現場」で答える。私が関わった案件をモデルに、ケーススタディ形式で「どういう依頼が来て」「何を見て」「どう判断し」「どう着地させるのか」をまとめた。
- UXアーキテクトが扱う問題の範囲
- 最初に整理すべき前提(論点、制約、責任範囲)
- 設計で何を変え、どこまで担うのか
- 何を成果物として残すのか
読めば実務のこういった輪郭が掴めるはずだ。
もしあなたが発注側の立場なら、「UXアーキテクトに何を依頼できるか、できないか」の判断材料になるはずだし、これからUX領域に関わる人なら「UXデザイナーとの違い」や「上流で何が起きているか」の解像度が上がるはずだ。
なお、ここで扱う事例は守秘義務の都合上、複数案件の共通構造を抽出して再構成したものとなる。ただし、意思決定の基準と仕事の進め方については実際の現場の通りだ。
本記事に登場する事例はすべてフィクションと考えてほしい。実在の会社や商品、組織とは一切関係ない。
パン屋のサイトリニューアル
ある個人経営のパン屋から相談が来た。
「近所のお客さんは来てくれてるんだけど、 観光客や遠方からの注文をもっと増やしたいんです。サイトはあるけど古くて見づらいし、インスタグラムはやってるけど売上につながってる感じがしません。どうしたらいいですか?」
- 条件
-
- 店舗は地元密着(実店舗あり)
- EC機能は導入可能(BASEなど)
- 予算は30万円以内(制作含む)
- 設計〜構造提案まで担当(制作は別の人が行う)
情報が曖昧すぎるので徹底ヒアリング
この時点ではまだ「何をすればいいか」は決められない。情報が曖昧すぎるからだ。ということでまずはヒアリングを行う。
UXアーキテクトという職能には、ときどき「なんかいい感じに設計してほしい」という曖昧な期待が向けられる。だが実務はそんな抽象をそのまま受け取らない。
基本的には、現状、目的、制約を言語化し、論点を確定させるところから始まる。
そのため業務の大部分はヒアリングだ。相手の言葉の裏にある不満や意図を拾い、矛盾をほどき、判断できる形に組み直す。ここがすべての始まり。
私が提供できる価値は「構造の破綻を見抜き、人間中心で導線を設計すること」だ。
だがこれは万能テンプレートを当てはめられる作業ではない。UXには「これをやれば必ず正解」という定石がほぼ存在しないからだ。商材、客層、地域性、運用体制、予算、制作リソース・・・・・・状況によって最適解が変わる。
だから、まず現状を理解する必要がある。
問題が何で、目的がどこで、現場が何に苦しんでいて、何が足を引っ張っているのか。ここを曖昧なまま進めると設計の精度は落ち、改善は偶然になる。
なお、極端に整理されていないケースもある。
「問題も目的もよく分からないが、とにかく何とかしてほしい」という依頼。これは成立させる難度が跳ね上がる。もちろん対応できなくはないが、少なくともその場合は「UI改善」ではなく、課題定義そのものから始める必要がある。
そして現実には、クライアントが最初から問題構造を言語化できていることは少ない。
だからこそこちらが一緒に整理する。そこまで含めて仕事だ。
動線設計は浅くする
まず確定させるべき判断がひとつ。既存サイトは捨てるということだ。
老朽化したサイトを再利用して部分的に改修するのは一見コストが安く見える。しかし実務上は成立しにくい。
技術的負債が原因で改修の自由度が落ち、更新や運用の負担も残る。特にECが絡む場合、決済周りの仕様、セキュリティ、外部サービス連携が足を引っ張りやすく、「リノベーションのつもりが土台から崩れる」ということが起きる。
だからここは作り直す前提で整理する。
次に、この案件の目的を定義する。これは「地元以外の購入および来店を増やす」ことだ。
本来なら最初にKPI設計から入るのが定石だが、案件によっては現状整理を優先する必要がある。本件はそのタイプだった。
そもそも多くの現場では、KPIという言葉自体が共有されていない。そこで私はまず、平たく「何を、どうしたいのか?」を言語化し、チームで同じ方向を見るところから始める。
そして最終的にKPIはこう置いた。月のEC注文を10件。
KPIが決まると、次の設計が一気に具体化する。たとえば以下ボトルネックの可視化。
- そもそもサイトを知ってもらう(認知、流入)
- 見てもらった後に買ってもらう(購入導線)
- その判断を後押しする(信頼、不安除去)
ここからが設計の出番だ。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 現状課題 | 既存サイト老朽化による離脱、SNSが購買や来店に接続できていない |
| 目的 | 地元以外からの購入、来店を増やし、小規模、手作りの信頼感をネット上で伝達できる状態にする |
| KPI案 | 月間EC注文10件以上、Instagramからのサイト流入月100件以上 |
| UX戦略 | 「焼きたての実感」と「顔の見える職人性」を体験として可視化し、購入不安を消す |
ここで重要なのは「サイトを綺麗にすること」ではない。見た目の掃除は「やらないよりマシ」程度の差しか生まないことが多いからだ。
この案件で投資対効果が高いのは、顧客の意識経路(認知→関心→信頼→購入)から逆算し、導線を浅くすることだ。
迷いを減らし、判断を楽にし、買うまでの心理摩擦を削る。結果として、少ないアクセスでも成果が出る構造にできる。

実現可能な制作指示を出す
提案して終わりでは意味がない。制作に落ち、運用で回り、数字として改善が確認できる形になって初めて「仕事」になる。
そこでこの案件では、制作側がそのまま実装できる粒度まで落とし込んだ。
▼Instagramは「認知」ではなく「期待」を作る
Instagramはすでに運用していたが、売上に結びついていないという。この状況は珍しくない。多くの場合、投稿が「近況報告」や「写真展示」で止まり、ユーザーの生活ニーズや購入動機に接続できていない。
ここは方針を変える。
- 「一人暮らしでもできる簡単パン調理」のように、生活文脈に刺さるテーマで投稿する
- 商品だけでなく、誰がどう作っているか(製造工程、店主の考え)を出す
- 小規模店の強みである「透明性」「距離の近さ」を信頼に変換する
大企業は規模で勝てるが、信頼の作り方はむしろ重い。逆に個人店は、小回りと物語性で強くなれる。
▼サイトは「薄いメニューブック」にする
次にサイトだ。やるべきは「情報を増やす」ことではなく、「迷いを減らす」こと。
今回の目的は「地元以外の購入、来店を増やす」だ。つまり初見のユーザーが、短時間で情報を得る必要がある。
- 美味しそう(期待)
- 信頼できる(不安が消える)
- 買える、行ける(行動できる)
そのため、サイト構造は薄いメニューブック型が最適になる。見開き1ページで完結するくらいが理想。ページ階層は浅く、クリック数を増やさない。
この判断には根拠があり、ナビゲーション階層が深くなるほどタスク達成率が下がる傾向はユーザビリティ研究で繰り返し指摘されている(Nielsen Norman Group, 2018 “How Many Clicks Does It Take?”)。
▼制作が可能なページ構成(サイトマップ案)
制作が現実的に対応でき、運用でも崩れにくい構成にすると、全体像はこうなる。
| 階層 | ページ名 | UX上の役割 |
|---|---|---|
| TOP | ファーストビュー+メニュー紹介 | 「美味しそう」と「信頼」の伝達 |
| ABOUT | 職人紹介、製造工程 | 小規模店の信頼、安心、物語性 |
| MENU | 商品一覧(デジタルメニューブック) | 一覧性と購入導線 |
| BLOG | SEO兼ストーリー | 検索流入、共感形成 |
| ONLINE SHOP | EC(BASE連携) | コンバージョン地点 |
| ACCESS | 地図、営業時間 | 来店促進 |
▼制作側へのチェック指示(実装仕様)
制作に誤差が出ないよう、チェック観点も明文化する。
| カテゴリ | 指示内容 |
|---|---|
| デバイス対応 | スマホ最適化(タップ導線、行間、画像軽量化) |
| ビジュアル設計 | 「焼きたて感」=自然光、柔らかい光、暖色寄り |
| 階層構造 | クリック3回以内で購入完了できる導線 |
| SEO | 「商品名+地域名」(例:クロワッサン+地名)を意識 |
| 更新性 | 店主が投稿できるCMS設計(WordPress等) |
| 計測 | アナリティクスで流入元、離脱率を可視化 |
ここまで渡しておけば制作側が方向性を取り違えることはまずない。私は設計責任を果たし、制作は制作のプロに委ねる・・・・・・役割分担としても健全だ。
以上で、この案件における主要な設計業務は完了となる。
あとは運用フェーズに入り、投稿や更新の相談(何を書くか、どう書くか)を受けつつ、必要なら追加で改善を回していく形になる。
まとめ
- 論点
-
SNSは認知止まりで、サイト導線が機能していなかった
- 方針
-
薄いメニューブック構造+信頼形成で購入摩擦を削った
- 成果物
-
サイトマップと制作チェック指示を共有した
地方自治体の公式サイト改善
市の公式サイトが古く、住民から「情報が探しづらい」「スマホで見づらい」と苦情が多い。
更新は各部署がバラバラにやっていて、全体構造を誰も把握していない。予算は年度内(あと3か月)で150万円。できる範囲でUXを改善したいが、全面リニューアルまではできない。
- 条件
-
- CMSはWordPress(部署ごとにログイン権限あり)
- 情報量は膨大(イベント、ゴミ収集、子育て支援、防災など)
- 広報課が窓口だが、他部署は協力的ではない
- 外部UXアーキテクトとして契約(実装は別チーム)
初手、関与範囲の明示
官公庁、自治体のUX案件は、民間とは難しさの種類が違う。
UIの良し悪し以前に意思決定と運用構造がボトルネックになることが多い。だから初手でやるべきは画面の話ではない。関与範囲(できること、できないこと)を明確にし、期待値を揃えることだ。
ここを曖昧にすると高確率で破綻する。
「どこまで改善できるのか」「何が変えられないのか」を最初に定義しないまま走ると、途中で要求が膨らみ、責任範囲が流動化し、現場が疲弊する。
今回の条件ははっきりしていた。予算と期間の制約が強く、全面リニューアルは不可。構造改革(全庁統一の情報設計)まで踏み込むことも難しい。
つまり「本来ならやるべき改善」を正面からは実行できない案件だった。
ここで重要な認識がある。構造を変えずにUXだけ変えることは基本的にできない。
情報の分類が崩れていれば検索性は上がらないし、入力責任が分散していれば更新品質は安定しない。土台が崩れたまま表層だけを磨いても効果は限定的だ。
だから今回は戦略を切り替える。全面改修ではなく対症療法で最大効果を狙う。
具体的にはサイト全体の構造に手を入れない代わりに、情報入力プロセス(更新の流れ)を整流化し、住民体験の悪化要因を減らす方針を取る。
自治体サイトの使い勝手が悪いのはデザインが古いからではない。更新体制が分断され、情報が増殖し、全体設計が不在になっているからだ。
総改築ができない以上、やるべきは「外観の刷新」ではない。最低限の改善で住民の困りごとを減らす領域に戦力を集中する必要がある。
表層のUX改善でなく運営にメスを入れる
自治体サイトの改善でまず押さえるべき前提がある。「サイトは運用構造の写像」これは比喩ではなく、実務上ほぼ事実だ。
サイトが崩れている組織では、同じように運用も崩れていることが多い。情報の発生源が分散し、更新ルールが曖昧で、責任が所在不明になる。するとページは増えるが整理されず、検索性も導線も破綻する。
だからこの案件で必要なのは表層のUI改善ではない。
「ページを少し綺麗にする」「ボタン配置を直す」程度の変更は住民体験を本質的には変えない。やるべきは、行動単位(更新、入力、承認)の設計だ。
しかし同時に、運用構造を抜本的に変えることも難しい。予算、期間、協力体制の制約が強いからだ。
そこで今回はできる範囲で最も投資対効果が高いポイントに集中する。結論は情報フローの再構築と一元化だった。
まずは現状の問題を整理する。
- 部署A→A担当が自由に更新
- 部署B→B担当が自由に更新
- 部署C→更新自体が止まっている
- 結果:誰も全体像を把握していない
よくあるパターンだ。「誰かがやっているはず」という前提が責任を空洞化させる。全体設計がないまま更新権限だけが分散するとサイトは必然的に森になる。
そこで提案したのは以下の変更。
- 部署ABCの代表者が共有フォーマットに情報を投稿
- 情報入力担当1名がCMSに登録(責任の一元化)
- 私が設計監修(情報設計、品質基準の定義)
この形にするだけでサイト運用は一気に整理される。混乱した「情報の森」が、一方向の「情報の流れ」に変換されるのだ。
UX的に言えば、これは入力体験(自治体職員UX)を最適化し、出力体験(住民UX)を改善するという設計だ。画面改善ではなく運用改善を起点にすることで、制約下でも住民体験を押し上げられる。

情報アーキテクチャの民主化
責任構造をシンプルにする提案を施策として明文化するとこうなる。
- 施策名
-
情報ハブ設計(Information Hub Architecture)
- 目的
-
各部署が発信する情報を一箇所に集約し、CMS登録を一元管理する
- 手段
-
フォーム、スプレッドシート、Notion等を用い、職員ごとのITスキル差を吸収する
- 成果指標(KPI)
-
- 投稿エラー率の低下(重複投稿、誤情報の減少)
- CMS登録工数の短縮(1投稿あたりの作業時間)
- 住民側の検索クレームの減少(問い合わせ件数の減少)
ここでのポイントは「民主化」だ。
更新権限を広げるという意味ではない。入力を簡単にし、情報提供(投稿)を民主化するという意味だ。登録は一元化し、責任を明確にしたまま、各部署の負担だけを軽くする。
この設計が効く理由は、因果が明確だからだ。
入力(職員UX)が整えば、情報の整合性が上がり、更新頻度も安定する。その結果、出力(住民UX)が改善し、検索や導線のストレスが減る。つまり「入力UX改善→出力UX改善」の流れを、施策として説明できる。
さらに、自治体案件では設計そのもの以上に説明可能性が重要になる。
150万円という限られた予算の中でも効果を数字で語れれば「成果」として残せる。予算執行の世界では、良いUXより先に「効果を説明できるUX」が求められるからだ。
なお、実務上よく出る論点がある。「各部署の代表は誰にするのか?」という話だ。
確かに、ここを曖昧にするとまた責任が分散して空洞化する。したがって人選は能力ではなく役割の定義で決める必要がある(兼務可、代理可、不在時のルール等まで含めて設計する)。以上、ここまで。
まとめ
- 論点
-
サイトの使いづらさはUIではなく、部署分散による更新体制の破綻(責任不在、情報増殖)に起因していた
- 方針
-
全面改修が不可能な制約下で、情報フローを再設計し、入力UX(職員)を整流化することで出力UX(住民)を改善する方針を取った
- 成果物
-
情報ハブ設計(入力集約+CMS登録一元化)の運用案とKPI、役割分担を明文化し、実装チームに共有した
社内対立済みのコーポレートサイト刷新
外部UXアーキテクトとして、ある大手企業のコーポレートサイト刷新に参画した。
マーケティング部は「ビジュアル重視」、営業部は「問い合わせ数意識」、人事部は「今のままでいい」と利害が完全にバラバラ。上層部は「全部いい感じにまとめて」と丸投げしている。
私は戦略設計、ワイヤー構成案を出す権限があるものの、そもそもどの部署も自分の意見を譲る気がない。
- 条件
-
- 予算:500万円
- 実装は外部制作会社
- 全体設計+方針調整の立場
- リニューアル期限は3か月
ヒアリングによる最大公約数の特定
この案件は最初から難度が高いことが分かっていた。
利害が一致せず、各部署に譲歩の動機もなく、上層部は抽象指示しか出していない・・・・・・こういう状況では、ワイヤー以前に「判断基準」が存在しない。設計を始めても、必ず途中で衝突して止まる。
だから初手でやるべきことは、デザインではない。各部署の主張を整理し、最大公約数(共通目的)を特定することだ。
この手の社内対立では表層の意見だけを聞いても解決しない。
「ビジュアルを重視したい」「問い合わせを増やしたい」「現状維持がいい」という発言は要望ではあるが、意思決定の基準ではない。重要なのは、その背後にある「守りたい価値」や「恐れている失敗」のほうだ。
そこで私は各部署に綿密なヒアリングを行った。目的は「要望を集めること」ではない。評価軸を翻訳して揃えることだ。
UXアーキテクトの役割は、厳密には設計者というより翻訳者に近い。主張(原文)をそのまま通すのではなく、背景と論理を抽出し、他部署にも通じる言語に変換していく。
事実、今の状態で「調整」しようとしても無理だ。共通言語がない以上、議論は噛み合わない。
だから私はまず、論理と構造のフレームを作り、各部署を同じ土俵に乗せる。そのうえでそれぞれの本質をあぶり出し、最大公約数を設計する。ここがこの案件のスタート地点になる。
相互譲歩による整合性一致
各部署の主張を整理するとこうなる。
| 部署 | 成果指標 | リスク |
|---|---|---|
| マーケ | イメージ向上 | CVR低下 |
| 営業 | 問い合わせ数 | ブランド印象劣化 |
| 人事 | 応募者数 | 時代遅れ印象 |
ひとつひとつの主張は合理的だ。対立しているのは意見が間違っているからではない。評価軸が違うからだ。
そこでやるべきは、主張をそのまま戦わせることではない。主張を「意見」から「課題」に変換し、対話可能な形に落とすことだ。
議論が主観のぶつけ合いのままだと結論は出ない。だが課題の形に変換できれば、各部署は正しさではなく設計の話ができるようになる。
次に必要なのは「相互譲歩を成立させる設計」だ。
この手の案件では、合意形成は論理だけでは動かない。公平性と納得感が必要になる。誰か一部署だけが得をして見える構造だと正しい案でも通らない。
だから私は、各部署の要求を「通す、通さない」ではなく、共通目的に接続し直したうえで「どこで折れるか」を設計した。互いに譲歩していることが可視化されると議論は感情からバランスへ移り、合意が形成されやすくなる。
最終的に狙うべきは単なる妥協ではない。共通KPIの発見だ。どの部署も成果を出したいのは共通だ。であれば、部門最適の勝敗をなくし、会社全体の指標へ再定義する必要がある。
この案件では共通KPIを「滞在時間」と「CVR(問い合わせ、採用応募)の両立」に置いた。
ブランド訴求で信頼を作りつつ、行動導線も落とさない。マーケと営業を対立させるのではなく、両方が成立する構造を設計する。
これがコーポレートサイト刷新における本質的な着地点になる。

考えうる最適解の捻出
この案件では私の責任範囲を明確にする必要があった。
全部署が合理的に融和し、誰も傷つかず、完璧に一枚岩のサイトを作る・・・・・・それは現実的ではない。利害が衝突している以上、合意形成には必ず摩擦が残る。
だから私は、役割を「調停者」ではなく「設計責任者」に寄せた。
目的はシンプルだ。構造的整合性を守り、UXが破綻しない最適解を捻出すること。政治的な勝敗ではなく、プロダクトとしての最低限の品質を担保する。
具体的に、守るべき禁止事項(ガードレール)を先に定義した。
- 無意味に階層が増える→NG
- コンバージョン導線を切る→NG
- メッセージ構造が混乱する→NG
この3点さえ守れれば部門ごとの主張は一定程度共存できる。逆にここを崩すと、誰の顔も立てたつもりで、結果として全員が損をするサイトになる。
このような設計方針が必要になる背景には大企業特有の意思決定構造がある。
大企業では予算はあっても決定権が分散しており、権限を持たない関係者が増える。結果として「決められない」状態が発生しやすい。この案件はまさにその構造を体現していた。
だからこそ、UXアーキテクトとしての仕事は「全員を納得させること」ではない。
全員の利害が交差する中でもUXが破綻しない設計に着地させること。それを可能にするのがガードレールの設計だ。
まとめ
- 論点
-
各部署の利害が対立しており、要求の衝突そのものより「評価軸の不一致」によって意思決定が不能になっていた
- 方針
-
ヒアリングで主張を課題へ翻訳し、共通KPIを軸に合意形成を設計したうえで、UX破綻を防ぐガードレール(階層、導線、メッセージ)を定義して着地させた
- 成果物
-
部署横断の要求整理表、共通KPI定義、サイト構造方針およびワイヤー構成案を提示し、制作会社が実装できる形で共有した
イラスト投稿サイトのUX改善
スタートアップ企業からの相談。
「クリエイターが自分のイラストを投稿し、他ユーザーが『参考にしたい構図』をブックマークできるサイトを作っています。ただ、ユーザーが『どう使えばいいのか』が分からないようで、登録しても1回で離脱してしまうんです。投稿はされるけど継続利用が伸びません」
- 条件
-
- 会員登録制(無料)
- 投稿数:月に約5000件
- 継続率:1週間後に20%(低め)
- SNS連携あり(X、pixivから流入)
- UXアーキテクトとして「行動設計+回遊UX」の提案を行う立場
- 実装は社内エンジニアチームが担当
そもそもの需要を考える
ここで最初に、前提を確認する必要がある。
「登録して1回で離脱する」のはUXの失敗だけで起きる現象ではない。そもそもユーザーが必要としていないならば、どれだけ導線を整えても再訪は生まれないのだ。
このプロダクトの主機能は「構図を探してブックマークする」だ。だが現在、そのニーズはすでに代替手段で満たされている。
- 投稿、閲覧の母艦はpixivがほぼ独占している
- 構図探索はPinterestが極めて強い
- ポーズや人体構造の参照には既存の資料集、ツールがある
- さらに生成AIの普及で「構図を出す」行為自体が加速している
つまり、ユーザー側から見ると「それ専用の新しいサイトに登録する理由」が薄い。この状態で起きるのが、典型的な初回離脱だ。
登録して1回で離脱するのはユーザーが初回体験の早い段階で「別に必要ないな」という判断を下している可能性が高い。行動研究の領域でも、初回体験での必要性判断(価値判断)が継続利用に直結することは広く知られている。
要するに、UX以前に「使う理由」が立っていない。
だから結論はこうなる。問題は操作性ではなく、需要の薄さ(価値の弱さ)だ、と。
この点は、VODがTSUTAYAやGEOのレンタルモデルを駆逐した構造と似ている。
勝敗を分けたのはUIではなく、「家から出ずに済む」という圧倒的な価値(効率化)だった。ユーザーは体験の効率化を望む。わざわざ手間を増やすサービスは、よほど強い理由がない限り生き残れない。
ただし、ここで「無理です」と言って終えるのも建設的ではない。
このプロダクトが勝つ方法はトップを狙うことではない。ニッチを狙うことだ。小規模サービスの生存戦略は代替が効かない領域に「尖って刺す」ことになる。
他サイトとの徹底比較を行う
この案件で次にやるべきはUI改善ではない。まず競合と代替手段の徹底比較だ。
構図探索という領域では、ユーザーの行動習慣がすでに固まっている。pixiv、Pinterest、資料ツールなどの既存選択肢がある以上、新規サービスが勝つには「既存より明確に優れている体験差分」を作る必要がある。
その差分は机上では出てこない。実地で使い込み、摩擦点を洗い出すしかない。
各業界のトップサービスは、すでに他者の良い部分を吸収して進化している。だからこそ、トップの体験を分解することが最短ルートになる。
pixivは投稿母艦として強いが、探索や整理の体験には不満が出やすい。Pinterestは洗練されているが、探索がレコメンド主導に寄りすぎて、意図した検索がしづらい場面がある。
こうした不満はユーザーが口にしないことも多いが、体験としては確実に存在する。
重要なのは「悪口を言うこと」ではない。不満の構造を可視化し、そこに勝ち筋を作ることだ。
私が提案するなら差別化はこの方向になる。
| 提案 | 本質的UX効果 |
|---|---|
| いいねの可視化 | 行動が反映される安心感=行動フィードバックUX |
| 一覧上でのアクション | クリック数を減らし、探索を加速する=探索UX |
| スコアによるソート | 探索目的を自分で制御できる=自己効力感UX |
ここで重要なのは、単なる機能追加ではない。行動心理(効率、快感、達成感)に直結する設計として組み立てることだ。
たとえば探索機能は新規サービスが勝ちやすい領域だ。pixivでは並び替え等が制限されることがあり、Pinterestでも検索意図とレコメンドが衝突する場面がある。
ならば本サービスは最初から探索操作をフル開放すればいい。
- いいね順
- PV順
- 新着順
- ランダム
これら並び替えや絞り込みを標準搭載する。こうすることで「探す→保存する」の速度が上がり、回遊UXが成立しやすくなる。
最終的にユーザーが乗り換える理由は説明ではない。「こっちのほうが探しやすい」という体験差分だけだ。
その差分が口コミとして蓄積されるまでやるべきことは地道になる。
だが設計としては明確だ。競合の摩擦点を潰し、探索の快感を最大化し、使い続ける理由を作る。これが小規模サービスの勝ち方になる。
誰に向けたものなのか?
最初に突き止めるべき問いがある。
「このサービスは、誰のどんな不満を解消するものなのか?」
ここに答えられないならUX改善以前にプロダクトが成立しない。逆に言えば、ここさえ定まれば打ち手はいくらでも出せる。
たとえばターゲット像が以下とする。
- 絵を描く人
- アイデアを保存したい人
- 一発絵で勝負するのではなく、学習、研究として描きたい人
- クリエイター同士の互助を求めている人
このように具体化できるなら設計は可能だ。明確な対象には明確な施策が存在する。
重要なのは「機能があること」ではなく、「不満があること」だ。消費者視点はここで決定的になる。
「こういうサービスを作った」ではなく、「こういう不満を解消するために、こういうサービスにした」ここまで言語化できて初めて設計が始まる。
私が制作側に指示を出すなら、こう焦点を固定する。
このサービスは「構図を見る場所」ではなく「構図を学ぶ場所」だ。だから学習者の行動を支援する設計に集中する。「探す→比べる→理解する」が一連で成立する導線を、このサイトの核にする。
ここがブレると、プロダクトはpixivやPinterestと同じ土俵に立ってしまう。その時点で勝負は厳しい。小規模サービスは「一点集中」で差分を作るしかない。
ニーズは願望からではなく、既に存在する不満からしか生まれないのだ。

まとめ
- 論点
-
初回離脱の原因はUIの不備ではなく、既存代替(pixivやPinterest等)に対して「登録してまで使う理由」が弱く、価値判断が初回で終わっていた点にあった
- 方針
-
トップ狙いを捨て、ニッチターゲットを一点集中で定義したうえで、「探す→比べる→理解する」が成立する学習導線に絞って回遊UXを設計した
- 成果物
-
競合比較による摩擦点の整理、差別化機能の提案(一覧操作、ソート等)と、学習行動を中心にした導線方針を実装チームに共有した
性善説による学習アプリのガバガバUX
スタートアップからのご相談。
「今までにない高密度の英語学習アプリを作りました。専門家監修済みのコンテンツが多く、機能も問題ない。しかし継続率があまりにも低く、みんなやっていないみたいです。何がダメなんでしょう?質は良いと思うんですが・・・・・・」
- 条件
-
- 登録ユーザーは多い(10万人以上)
- しかし1週間後の継続率はわずか18%
- 1日の学習時間は平均5分未満
- コンテンツ内容は良い(専門家監修済)
- 競合は「Duolingo」「Speak」「スタディサプリ」など強豪多数
- ミッションは 「アプリUX再設計によって、継続率を30%に引き上げる」こと
- 予算:400万円(3か月プロジェクト)
- 実装は社内エンジニア、私はUX戦略+行動設計担当
人間を信じるな
この案件の結論は身も蓋もない。人間は良いものがあっても継続しない、ということだ。
「質は良いのにウケない」という状況は裏返せばこうだ。「質が良ければ使われるはず」という前提が設計に入り込んでいる。
しかし学習領域ではこの前提が成立しない。
教材の品質が高いことは今や最低条件だ。差がつくのはそこではなく、どう届き、どう続き、どう習慣化されるかにある。
このアプリには「良いものなら無条件に受け入れられる」という思想が透けて見える。だが現実は逆だ。ユーザーは基本的に、忙しい、忘れる、面倒に負ける、今日やらなくても死なないしいいや、というスタンス。
だから行動は意志ではなく設計で起こす必要がある。
実際、学習者にも似た構造がある。参考書を買っただけで満足し、結局やらない。
アプリを入れただけで満足し、結局開かない・・・・・・同じだ。ただ、これは意思が弱いからではない。行動の導線が存在しないから起こる。
運営は「良い教材を用意したのだから使われる」と思い、ユーザーは「学習のために入れた」という事実で安心する。結果として「入れる→放置」のミスマッチが生まれる。学習アプリで継続率が落ちる典型パターンだ。
だから最初にやるべきは教材の追加ではない。
アプリ側が「何をさせるのか」を明示し、行動環境を作ることだ。
内的動機だけに期待せず、外的動機(仕組み)も併用する。ここで必要なのは、習慣のメカニズム理解になる。
BJ Fogg(スタンフォード大学)の行動モデルでは、行動は「動機 × 能力 × トリガー」が揃って初めて起きるとされる。どれか1つでは足りない。だからホコリを被った参考書が生まれるし、放置された学習アプリが量産される。

環境の提供がマスト
習慣化で最も重要なのは意志ではない。続けやすい環境を作ることだ。
学習アプリは「学習内容」を提供するだけでは足りない。ユーザーが毎日触れる理由、やめにくい状況、続けることが気持ちいい構造・・・・・・つまり習慣が自然に回る環境をアプリ側で設計する必要がある。
ここが性善説UXとの決定的な違いだ。
「やる気がある人が頑張る」ではなく、「やる気がなくても触ってしまう」状態を作る。
具体的には以下のような設計が有効になる。
- 継続可視化
-
続いていることを明確にする
- コミュニティの段階解放
-
やった人だけ入れる場所を作り、行動の理由にする
- 公式コンテンツの拡充
-
スラングや小ネタ等で勉強を趣味に帰る
- 先生役アバターの変化や成長要素
-
行動の結果が感情的報酬として成立する
- ポイントの交換要素
-
報酬の具体化を行い、外的動機を補助し、小さな達成を積み上げる
- UIの摩擦除去
-
画面遷移を速くし、待ち時間をなるべく消す
- SEや触感の気持ちよさを増加
-
感覚報酬につなげ、行動そのものを快感に寄せる
要するに、勉強させるのではない。アプリを触りたくさせる。結果として「おまけで学習が進む」状態を作る。
なぜ人気の学習コンテンツはビジュアルが強いのか。
面白いからだ。面白いから手に取れる。手に取れるから頭に入る。
正しさだけが載っている教科書は多くの場合続かない。記憶に残る授業が「面白い先生」由来なのも同じ構造だ。継続は、正しさではなく体験で起きる。
使えるものは何でも使う
これらを提案したさい、開発側からこう言われた。
「それってゲーミフィケーションですよね?」
この言葉の裏には、だいたい同じ含意がある。「それは邪道ではないか」「学習にゲーム要素は不純ではないか」という抵抗感だ。
私はこう答えた。
「そうですね。ただしこれは『ゲーム要素』ではなく『行動設計要素』です。人を動かす仕組みを教育に転用することに何の問題があるんでしょう?」
ここで論点を整理しておく。
ゲーミフィケーションとは、学習を子ども騙しにすることではない。行動を発生させ、継続させる仕組みのことだ。学習の中身を薄めるのではなく、継続を支える器を作る「加工の方法論」だ。
学習アプリのKPIは「コンテンツの正しさ」では動かない。
継続率、学習時間、復習回数・・・・・・これらはユーザー行動で決まる。だからUXアーキテクトの仕事は、行動を設計することになる。
行動には非合理が入り込む。人は正しいと分かっていても、やらない。やる気があっても、続かない。
UXとはその非合理込みで成立する体験を設計する領域だ。理想論だけでKPIが達成されるならそもそも行動設計は必要ない。
使えるものは使う。
目的は継続であり、その先で学習内容が積み上がることなのだから。
まとめ
- 論点
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継続率の低さはコンテンツ品質ではなく、性善説(やる気があれば続く)に依存した設計により、行動が発生、継続する環境が用意されていなかった点にあった
- 方針
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習慣メカニズム(動機、能力、トリガー)に基づき、学習より先に「触りたくなる環境」を設計し、ゲーミフィケーションを行動設計要素として適用して継続行動を作る方針を取った
- 成果物
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継続可視化、段階解放、報酬設計、摩擦除去などの施策群と優先順位を整理し、UX戦略として実装チームに共有した
UXアーキテクトは知識と思考で戦う総合職
以前、弁護士の友人に「やっぱ法廷で『異議あり!』とかやるの?」と聞いたことがある。すると彼は笑ってこう言った。「刑事専門ならそうかもな。でも俺の仕事のほとんどは相談と話し合いで終わる」。
知らない世界というのはどうしても断片的な情報だけで「憧れ」や「誤解」を作りやすい。
UX、設計、導線、構造解析・・・・・・言葉だけ聞くと、たしかに「すごい仕事」に見えるかもしれない。だが現実は、だいたい泥臭い。
専門用語を操り、綺麗な設計図を引き、キーボードを叩いて終わり。
そんな仕事なら理想的だが実務はそうならない。現場には矛盾があり、制約があり、合意形成があり、そして人間がいる。ときに理屈だけでは進まず、取っ組み合いに近い調整が必要になる(もちろん物理的にはやらないが)。
UXアーキテクトは単なるデザイン職ではない。知識と思考で戦う総合職だ。
必要になるのはUIやUXの知識だけではない。マーケティング、営業、採用、予算、運用、心理、組織・・・・・・案件によって主戦場が変わる以上、専門に閉じた理解では足りない。
だから私にとって「実務の役に立たない学び」はほとんど存在しない。すべてに意味がある。転用価値がある。
媒体入力問わず、日々何かを学び、それをどう現場に接続できるかを考える。専門バカでは応用が効かず、複雑な現場では立てないからだ。
では、本記事を締めたいと思う。
世の中にはこういう仕事もある、ということの参考になれたら幸いだ。この記事が、UXアーキテクトという仕事の輪郭を掴む一助になったなら嬉しい。
誰かが当たり前に受け取っている「快適さ」の裏には、無数の試行錯誤と調整がある。使いやすいシステムの裏には、設計者たちの戦いの痕跡が残っている。
そして今日もまた、どこかで誰かが戦っている。あなたが受け取る快適なUXのために。
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