時計をつけたことがない人生だった。
恋人からもらって一時的につけていたりはしたが、自発的に買ったり、興味があったり、必要性を感じたことが本当にただの一度もない。フィクションなどの腕時計自慢もピンとこなかった。
時間を確認するしかできない用途の狭いもの。私の時計に対しての印象は、これ以上でも以下でもない。
そんなわけで、巷で話題のスマートウォッチにもあまりよいイメージを持っていなかった。
スマホでできることを、わざわざ小さな画面でやる。通知が腕に届き、アラームが振動し、心拍数や血中酸素まで測ってくれるらしい。
これ要る?
なくても困らないものを無理にハイテク化した、過剰な機器に見えてしょうがない。
ただ、友人が使っているのを見て、多少興味が出た。抱えていたとある問題を解消できるかも知れない・・・・・・ということで、便利かどうかはいったん置いといて、使うだけ使ってみるかと思った。
本記事は、「スマートウォッチに対して偏見があった人が実際使ったらハマり、布教する」・・・・・・というイカニモな内容ではまったくない。「実際使ってみてもやっぱ要らねーなこれ」と再確認したという、逆方向のオチだ。
しかし、スマートウォッチをメタクソに叩く内容でもない。なくてもいいけどあったらあったで便利ではある・・・・・・そんな微妙な着地点として、スマートウォッチが実装された日々について記述しようと思う。
要らないと思っていた。しかし使って価値を理解した。そして別の価値観で「要らない」と再認識した。そんな内容だ。
歩数計が欲しかった
ひとつ、日常における不満があった。それは、歩数計のためにわざわざスマホを持ち歩くということだ。
私は普段から散歩を行っていて、その切り上げる基準として5000歩をベースにしている。もちろん自分で計測するとか、時間でなんとなくというのも嫌なので、スマホに歩数計アプリを入れ、それで測っていた。
が、これが非常に不愉快。スマホがデカいのだ。ただふらっと散歩に行くだけなのになんでこんなの持ち歩かなければいけないんだ・・・・・・そんな不満が日々にあった。
そこで思いついたのがスマートウォッチ。そういえばヘルスケアとかもできるらしいし、歩数計として導入してみるかと考えた。
普通の歩数計でよくないか、と、当然その選択肢も考えた。
ただ、知らないものを知るきっかけとして良いだろうとも思ったのだ。スマートウォッチ、というか時計アンチのままでは、得られたかもしれないメリットを逃す。それの打破ついでに、導入してみるかと。
また、機能面での可能性も考慮した。というのも、歩数計は買った時点で用途がほぼ決まっている。それ以外の使い方はできない。
一方、スマートウォッチなら、歩数を測るという目的を満たしながら、自分がまだ知らない使い道も試せるかもしれない。
必要だからスマートウォッチを買ったというより、歩数計を買うなら未知の機器を試してみてもよい、と考えたのだ。
つまり、歩数を測るだけなら普通の歩数計で足りる。スマートウォッチでなければならない理由はなかった。それでもこちらを選んだのは、歩数問題を解決するついでに、自分が食わず嫌いしていた機器を試せるからだ。
数万円を払う気はない
ただし、必要性が分からないものに数万円を払う気はなかった。Apple Watchのような高価格帯は最初から候補外だ。役に立つかもわからないものに数万円出すのは富豪仕草すぎる。
そもそもが懐疑的なのだ。その状態で高性能な機種を買っても、まず持て余す。どの機能を使うのかすら分からないだろう。試した結果、自分には不要だったと判明する可能性も多大にある。
未知のカテゴリに入るときは、性能の高さよりも、失敗しても痛くない価格の方が重要だ。ということで信頼できるブランドでかつ、安価なものを探した。
そこで見つかったのがXiaomiのBand 9 Active。価格はなんと約3000円。もともとXiaomiは好きで、手持ちのデバイスはほぼこれだったのでちょうどよかった。しかしまあ、さすがXiaomiらしい値段だ。

本体は軽く、歩数を記録でき、充電も日常使用に耐える。そして私の使っているスマホ(Redmi 14C)との相性も良いのだとか。まあ同じ会社の製品だしそりゃそうか。
ちなみにこれはスマートウォッチではなく、スマートバンドと呼ばれる範疇の機器らしい。つまりは下位モデルで、機能を絞って小型化、軽量化、低価格化したものを指すのだとか。
スマートウォッチは「腕につける小型コンピュータ」寄り、スマートバンドは「腕につけるセンサー+表示器」寄りとも分けられるらしい。なるほど私にはスマートバンドのほうがいいなと感じた。
表記揺れがややこしいので、以下、私が使っているものに関しては「スマートバンド」、一般的な総称として語る場合には「スマートウォッチ」という語を用いることとする。
秒で確認できることの強さ
さて、使い始めて最初に分かったのは、ただ歩数を測れる便利さではなかった。歩数含め、情報をすぐに見られることの強さだ。
そりゃ確認自体はスマホでもできる。しかし、ポケットや鞄からスマホを取り出し、画面を開き、アプリを見るのと、手首を傾けるだけなのとでは、同じ機能でも負担が違う。腕を見るだけなら、確認するかどうかを迷うほどの手間がない。
時刻の確認も同じだ。スマホは高機能だが、時刻を見るという1つの行為に限れば、こっちの方が速い。Band 9 Activeは軽く、つけている感覚も弱いため、常時身につけていられる。常に腕にあるからこそ、機能を使うまでの距離が短いのだ。
スマートウォッチの価値は、スマホにない機能を増やすことだけではない。スマホを取り出す必要をなくし、すでにある機能へのアクセスコストを下げることにもある。購入前には見えていなかった最初の認識変化は、ここだった。

確認のしやすさは、やがて実際の行動にも影響した。
散歩から帰る途中、自分では「今日は結構歩いた」と感じている。それでも腕を見ると、5000歩に届いていないことがある。以前なら感覚だけで十分だと判断していたところを、別の道へ回り、もう少し歩くようになった。
これまでは結構、「たぶん歩いただろう」で成り立っていた。だが、実際はそんなこともないのがスマートバンドによって示されたのだ。
目標は5000歩。これは精密な健康計画というより、その日の小さなタスクに近い。歩数の可視化によって「今日はもう十分だろう」という曖昧な判断が、「あと何歩か」という具体的なものに変わった。
残量が見えると埋めたくなる。感覚としては健康管理よりも、ゲームのレベリングに近い・・・・・・そんな変化があった。
スマートバンドの偉大さは「1日の終わりに歩数を記録できること」ではない。途中で数字を見て、その日の行動を補正できることにある。
即時確認可能な歩数計は、過去を確認するだけの記録装置ではなく、現在の行動に介入する表示装置でもあった。その役割は、すぐに見られる腕の上にあるからこそ成立している。
健康記録の「母艦」ができた
予想外だったのは、歩数を入口にして、ほかの記録も1か所へ集まり始めたことだ。
連携前提のアプリに、Mi Fitnessというものがある。これはスマートバンドを介して得られた情報をもとに(手動入力込み)、自分の生活や健康状態のログを作成するものだ。
たとえば、Band 9 Activeをつけて寝ると、翌朝には睡眠の記録がMi Fitnessに反映される。どれぐらい寝たのか、眠りの浅いタイミングはどこか、などなどグラフで示されるのだ。

もちろん、これは正確ではない。計測ガバもあったりする。ただ、そもそも私はこれを精密な診断として信用しているわけではない。あくまで、その日の状態を振り返る参考程度で扱っているし、それでいい。
大きいのは、毎朝アプリを見る習慣が自然にできたことだ。
これまで、睡眠(寝た時間、起きた時間)や体重は「誰にも咎められることのない自己申告」だった。だから記入漏れもあったし、なんなら改ざんもあった。
しかしMi Fitnessへの記入と自動記録は、その心理的抵抗を撤廃する。
睡眠や体重だけのために別のアプリを開いたり、メモへ書き残したりするより、すでに見る場所へ追加する方が負担が少ない。ただ記録するだけ(あるいは、されるだけ)で歩数、睡眠、体重が同じ場所に並び、Mi Fitnessが健康記録の母艦になる。

記録する場所と、見返すきっかけが1つにまとまる・・・・・・これだけで驚くほどスムーズにヘルスケアは生活に浸透するのだ。
一応、体重だけは自動ではなく手入力だ。それでも、睡眠や歩数を見るため毎朝Mi Fitnessを開くので、そのついでに入力できる。自動記録を見る習慣が、手動記録まで巻き取った格好だと言える。
ただ歩数を測るために導入した道具が、結果としてログと記録行為を外部化した。自分で覚えておく必要がなくなり、記録するための意志も以前ほど要求されない。歩数計単体を買っていたら、おそらく生まれなかった副次効果だろう。
スマートバンドは、機能だけを比べればスマホの劣化版に見える。しかし、そもそも性能でスマホに勝つ必要はない。アクセスコストが低い、それだけで別の役割を持てるのだ。
言い換えれば、自分がBand 9 Activeに任せているのは、「スマホを使うほどじゃないこと」だ。小さな仕事だけを腕にアウトソースする。それが、自分にとってのスマートバンドの使い方。
歩数の章で減ったのは「情報を見る手間」で、こちらで減ったのは「情報を残す手間」だ。
スマートバンドは新しい情報を与えるというより、確認と記録という小さな行為を、自分の代わりに引き受けていた。ここに、強い価値を感じる。
機能のほとんどを使っていない
ここまで書くと、使える機能を次々と発見したように見えるかもしれない。しかし実際には、スマートバンドらしい機能の大半は使っていない。
まず、何ができるのかを公式仕様ベースで列挙してみよう。非常に長いので折りたたむ。なんなら読まなくていい。
機能一覧
- 歩数計測
- 消費カロリー記録
- 日々の活動量記録
- 運動時間、運動記録
- 50種類のスポーツモード
- ランニング、サイクリングなどのワークアウト記録
- モーショントラッキング
- 心拍数測定
- 心拍数の終日モニタリング
- 異常心拍数アラート
- 血中酸素レベル(SpO₂)測定
- 血中酸素の終日モニタリング
- 睡眠時間の記録
- 深い睡眠、浅い睡眠、REM睡眠の記録
- 昼寝の記録
- 睡眠パターン分析
- ストレス測定
- 女性の健康管理(月経周期など)
- 時計
- アラーム
- タイマー、カウントダウン
- ストップウォッチ
- スケジュール、イベント表示
- スリープモード
- スマホの通知表示
- 着信通知
- 不在着信通知
- 着信拒否
- アプリ、メッセージ通知
- スマートフォンを探す
- スマホの音楽再生コントロール
- スマホカメラのリモートシャッター
- Xiaomiスマホのロック解除(一部環境)
- 天気表示
- 懐中電灯
- 振動通知
- 腕を上げて画面点灯
- デバイスのパスワード設定
- 100種類以上のウォッチフェイス変更
で、私が使っているのはなにかといえば、時刻確認、歩数計、懐中電灯、睡眠記録の4つだけだ。

たとえば通知。私はそもそも通知が嫌いなので、スマートバンドのみならず全部オフにしている。スマートウォッチと言えば手元で通知確認とかがベタだが、私はまっさきにオフにした。バイブもやだ。キモい。
天気も不要。音楽も外じゃ聴かない。ワークアウトもしない。心拍数や血中酸素が表示されても「だから何?」。そんなわけでどんどんオフにして、残ったのはたった4つだけだった。
実をいうとこのスマートバンドは、そんなに評価が高くない。高機能や高精度を求める人からは「物足りない」と言われるような製品だそうだ。
しかし私にとって、その2つはどうでもよかった。だから全然不満はないし、買ってよかったという気持ちで満たされている。
製品レビューでは、機能の多さやひとつひとつの完成度が評価されやすい。しかし、すべての項目を等しく評価する必要はない。使わない機能の性能が低くても困らないし、自分の評価軸に必要のない項目なら、欠点ですらない。
私がBand 9 Activeに満足しているのは、すべてが優れているからではない。必要な少数の機能が、自分の求める水準で動いているからだ。
購入前の自分は、スマートウォッチをスマホの小型版として見ていた。小さい画面で中途半端に同じことをする、無理のあるハイテク装置。だから、スマホより劣る部分ばかりが目についた。
しかし、実際の役割は違っていた。
複雑な操作や詳しい情報の確認はスマホで行う。腕では、歩数や時刻のような単純な情報を確認し、睡眠や歩数を自動で記録する。初期設定を済ませたあとは、Band 9 Activeそのものを細かく操作することもほとんどない。腕で集めた情報を、必要なときだけスマホで見る。
私の使い方において、両者は競合する機器ではなく、本部と出張所の関係だった。出張所は本部と同じ仕事をすべてこなせない。しかし、そもそも本部になる必要がない。よく使う単純な窓口だけが手元にあれば、それで役割は成立する。

スマートウォッチを「何ができる機器か」ではなく、「スマホのどの仕事を腕へ移す機器か」と考える。この見方に変わって、ようやく自分にとっての必要性が理解できた。
「出来ないことが多くある」は私にとってマイナスじゃない。
別にそこまでやらなくていいよ、ということで許容範囲内なのだ。
でも、スマートバンドは要らない
ただ、ここまで語った手前、変なオチだが「スマートバンドは要らない」と述べさせてもらう。
溺愛していたのにそんな仕打ちってねえよと思うかもだが、やっぱりこれは必需品には程遠い、趣味のガジェットだ。理解できたことと、必需品になったことは別。
そもそもBand 9 Activeがなくても生活には困らない。たしかに導入によって多少の利便性を感じた。しかし、これのない生活に戻れるのかと問われれば、鼻で笑ってしまう程度だ。
便利なものが、すべて必需品になるわけではない。自分にとっての価値は、機能の絶対的な多さではなく、得られる小さな便利さと価格の釣り合いで生まれている。このスマートバンドは安いし、機能十分だ。けれど、生活に占める必要性は狭い。
これは単なる逆張りではない。ここでいう「要らない」は、「価値がない」という意味と異なる。
使い道は理解できたし、3000円なら買ってよかったとも思っている。ただ、それと「生活に必要か」は別の話だ。なくなれば多少不便にはなるが、生活そのものが困るほどではない。
冒頭での「これ要る?」は「用途そのものが成立しているかどうか」の話だった。これについては理解できた。そのうえで使って、しかし生活必需性はないなと判断したうえでの「要らない」なのだ。
「スマートウォッチは必要か」という問いに、一律の答えはない。高機能な機種を買い、すべてを使いこなせる人だけに価値があるわけでもない。
先に見るべきなのは、自分の生活で何を面倒に感じているかだ。
スマホを取り出すほどではないが、頻繁に確認したいことはあるか。自分で記録し続けるのは面倒だが、残しておきたい情報はあるか。その仕事を腕へ移せるなら、スマートウォッチは成立する。
自分の場合は、歩数、睡眠、体重を中心とした健康ログだった。必要な範囲をそこまで切り詰めれば、高価格な機種である必要もなかった。Band 9 Activeは、自分に必要な機能を探すための入口として十分に機能した。
スマートウォッチは、なくても困らない。だが、「スマホを使うほどでもないこと」と「自分で記録するのが面倒なこと」を腕に任せる道具として見るなら、意外と合理的だった。
あったら便利。しかし、なくても困らない。そういう意味で、購入前と同じ「スマートバンドは要らない」という結論に遠回りして戻ったのだ。
その寄り道で得たのは、中身の違う「要らない」。
購入前は「役割が分からないから要らない」。
今は「役割も価値も分かったうえで、必需品ではないから要らない」だ。
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