「UX改善」とは名ばかりで、多くの場合はUI改善の話になる。ボタンを大きくする、導線を短くする、表示を軽くする・・・・・・こういった表面上の施策だ。
しかし、実務ではそれじゃ解決しないもっと厄介なケースがある。たとえば以下。
- 売上は順調に伸びている
- ユーザー数も多い
- 商品の満足度も高い
- アプリのレビュー評価だけが低い
こういった問題に対し、よく出される指示がある。
「UI改善でレビューを上げてほしい」
一見すると合理的だ。不満がUIにあるならUIを直せばいい・・・・・・これは間違いではない。しかし、別の違和感がある。それは「そもそも問題解決の方向性は正しいのか」ということだ。
レビューは結果でしかない。結果には必ず原因がある。ならば、本当に考えるべきなのは「レビューを上げる方法」ではなく、「なぜこの結果が発生しているのか」のはずだ。
つまりこれは、UXの話というよりクリティカルな問題解決の話になる。
多くの場合、改善が失敗する理由は施策が悪いからではない。そもそも解こうとしている問題が違うというのが大きい。
それらを踏まえ、今回の記事では以下について、思考の流れを主軸にケーススタディとして整理しようと思う。
- なぜ「レビューを上げろ」という指示に違和感を持ったのか
- どうやって問題を分解していったのか
- UIではなく構造の問題だと判断した理由
- UXアーキテクトはどこで価値を出すのか
これは「この施策をやれば改善する」という単純な話ではない。どうすれば間違った改善をしないかという、前提に際する本質的な話だ。
UXアーキテクトの仕事はUIを作ることではなく、施策を出すことでもない。存在意義は「問題を正しく定義すること」にある。
以降、この記事では、私が問題をどう見て、どこから疑い、どの順番で整理したのかを順に、ひとつの実例として書いていく。単純な施策記事、解決記事ではないことを留意してほしい。
「売れているのに評価が低い」という奇妙な状況
今回扱うのは、あるアパレル系ECアプリのUX改善ケースだ。状況は以下。
- 売上は前年比+28%で成長中
- DAUも安定して高い
- 返品率も低く、商品満足度も高い
一見すれば、プロダクトとしては明確に成功している状態だと見なしていいだろう。これだけなら問題は存在しないように思える。
ところが、ひとつだけ異様な数字がある。アプリレビューの平均評価が2.8前後で停滞しているという部分だ。しかもその理由は比較的明確で、ネガティブレビューの多くは次の3つに集中している。
- アプリが重い
- 目的の商品に辿り着きにくい
- 購入までの操作が長い
これらは典型的なUI、操作体験に関する不満だ。
さて、ここまでなら話は単純。じゃあ、UIを改善すればいい。実際、プロジェクトマネージャーからの指示もそれだった。
「UI改善でレビュー評価を上げてほしい」「短期KPIはレビュー3.8以上」、よくある話だ。しかし、問題はここからとなる。
既にABテストによるUI改善は実施されていた。軽量化、導線整理、表示改善など、一般的に考えられる改善は一通り試されていたのに、それでもレビュー評価はほとんど変わらなかった。
つまり、UIに不満がある→UIを改善した→評価は変わらない、という状態が起きている。施策が通用していない、あるいは効果がない。
ここでさらに重要な事実がある。このアプリの最大の強みは「圧倒的な品揃え」だ。競合より商品数が多く、選択肢が豊富で、だからこそ商品満足度は高い。
要は、商品は良い、売上も伸びている、ユーザーも多い・・・・・・それでも評価だけが低い。これは奇妙な状況だ。整理するとこうなる。
- 商品価値:高い
- 事業成果:良い
- ユーザー数:多い
- レビュー評価:低い
なぜ奇妙なのか。これらは普通、同時に成立しないからだ。
通常なら、評価が低い→売上も悪い、のようになるはず。ところが今回は、「売れているのに評価が低い」という事実が見られる。
さて、この時点で考えるべきことはUI改善ではない。まず確認すべきは、この状態は何を意味しているのかだ。ここには明らかに構造的なズレが存在している。そこを探らなければ施策は空回りする。
UX屋の仕事は即座に施策を出すことではない。すでにあるズレの意味を理解することから始まる。
普通のUX改善ならどう考えるか
この状況を見たとき、多くのUX担当者がまず考えるのはUI改善だろう。レビューに書かれている不満は比較的わかりやすいからだ。
- アプリが重いなら軽くする
- 目的の商品に辿り着きにくいなら導線を整理する
- 買うまでが長いならステップを減らす
つまり、表示の軽量化、導線の最適化、ボタン配置の改善、検索機能の強化・・・・・・こういった、いわゆる「UI改善」の領域の施策が並ぶことになる。
これは間違いではなく、むしろ自然な反応だ。
レビューにUIの不満が書かれているなら、UIを直す。至極当然。そこには問題と対策が対応しているように見える。
レビュー評価が低い→その原因はなにか→UIへの不満が多い→ならUIが問題だ→UIを改善する→評価が上がるはず・・・・・・この思考ルートは極めて合理的っぽい。だから多くのUX改善はこのルートを通る。
これは「与えられた問題を解く」という意味では正しい行動だ。
だが、ここで一度立ち止まる必要がある。
解くべき問題は本当にそれなのか?
レビューに書かれている内容をそのまま問題として扱っていいのか?
「レビュー評価を上げろ」は指示としておかしい
まず、初期時点で私が覚えた違和感はシンプルだった。
レビューはただの結果ではないのか、ということだ。
レビューや評価は原因ではなく、結果だ。そうなったことには理由がある。結果には必ず原因がある。虚無から低質なレビューは生まれない。生まれるには、それに足る要因が必ず存在する。
ならば考えるべきは「レビューをどう上げるか」ではなく、「なぜこのレビューが発生しているのか」のはずだ。
これはUXに限らない話で、例えば「人気を上げろ」なんて指示の違和感も同様だ。当然ながら人気は直接操作できるものではない以上、指示は明確にズレている。
面白い企画を作る、価値を提供する、露出を増やす・・・・・・そういった行為の結果として人気が上がるのであって、「人気そのもの」を改善対象にすることはできない。
レビューも同じ構造だ。評価は操作できるものではない。評価は発生するものだ。
あるいは、別の事例で考えよう。大人気のアイドルがサイン会を開催したところ、誰も来なかったという状況を想定したい。では、この原因は「人気がなかったから」なのだろうか?
このとき、普通は人気を疑わない。考えるべきは別の部分だ。
- 告知が届いていないのではないか
- 場所が分かりにくいのではないか
- 時間設定がおかしいのではないか
つまり、価値ではなく「接続の問題」を疑うはずだ。
今回のケースも構造は変わらない。売上は良く、商品満足度も高い。ならば価値の問題ではない。にもかかわらず評価が低いなら、考えるべきは評価そのものではなく、評価が発生するまでの体験のどこかに問題があるということになる。
ここで重要なのは、結果は改善対象ではないということだ。対象になるのは原因だけ。これはUXの基本でもある。
UXは見た目や操作性の話ではない。UXとは、体験の因果関係を理解することだ。
つまりUX思考や改善とは、表層上のUIをどう直すかではなく、何がこの体験を生んでいるのかを考えることから始まる。
データを因果で見直す
違和感を持ったら次にやることは単純だ。感覚ではなく、データを因果で並べ直していく。今回のケースを改めて整理するとこうなる。
- レビュー評価は低い
- 売上は高い
- 返品率は低い
この3つを同時に見ると、ひとつの可能性が消える。原因は「商品問題ではない」ということだ。もし商品に問題があるなら反転して、レビュー低い、売上低い、返品高い、という結果になるはず。
しかし実際は逆だ。売れている。返品も少ない。つまり商品そのものの価値は成立していると考えるのが自然だ。ここで構造を分解するとこうなる。
商品UXは成功している。しかし体験UXは失敗している。
この切り分けが最初の重要なポイントになる。

UX分析でやりがちなミスは、不満をそのまま問題として扱うことだ。だが本当に見るべきなのは不満ではない。不満と成果が同時に存在している矛盾だ。
今回のケースで言えば「不満が多いのに売れている」ということ。これは普通ではない。だから見るべきなのはレビューの内容ではなく、この状態そのものだ。
なぜ人は不満を抱えながら購入しているのか。なぜ価値は認めているのに体験には不満があるのか。このズレを説明できる仮説を立てることが先になる。
UX分析とは不満を集める作業ではない。不満と成果の関係性を読む作業だ。
言い換えるなら、UX分析とは不満を見ることではなく、矛盾を見ることだ。そして、この矛盾を見つけられるかどうかが、UXの仕事の出発点になる。
ユーザーは無理をしているのではないか
ここまでを整理すると、ひとつの仮説がでてくる。ユーザーは不満なのではなく、無理をしているのではないか?
レビューを見ると不満は多い。しかし実際には購入されている。これはどういう状態なのかを考えてみる。
不満なのに使っているのではない。価値があるから使っている。しかし負荷がある。つまり、価値はあるが負担もあるという状態だ。
ここから見えてくるのは、不満というより我慢だ。
UX問題というと「満足していない状態」を想像しがちだが、実際にはもうひとつのパターンがある。価値があるから離脱はしないが、負荷が蓄積している状態だ。今回のケースはまさにこれだと考えられる。
商品は魅力的。品揃えも豊富。だから買う。しかし、探しにくく重い。時間がかかる。ゆえに不満が出る。
つまり構造はこうなる。
価値があるから使う。負荷があるから評価が下がる。
これは「不満UX」ではない。負荷UXだ。ここで考えるべきは、なぜ負荷が発生しているのか、という部分。

まず、今回のデータから見える最大の特徴は圧倒的な商品数だ。
確かに品揃えの豊富さは強みだ。しかし同時にそれは、探索コストを増やす要因にもなる。選択肢が多いほど比較は難しくなり、判断にも時間がかかるし、認知負荷も増える。いわゆる選択肢過多の問題に当たってしまう。
つまり、このアプリのUXはこうなっている可能性が高い。
商品UXは強い。しかし探索UXに負荷がある。
これは不満とは少し異なり、実情としては「我慢」だ。だからこそ表層上の施策が意味をなさない。深部に影響を及ぼさないからだ。むしろ「そうじゃない」という新たな不満を増大させる可能性すらある。

では、これがただの主観、仮説なのかと言うとどうもそうではない。
検証としてデータを確認すると、検索回数平均7回、購入まで平均12分、商品到達率が低い、というのが目に入った。これは明確に探索負荷を象徴するデータだ。あるいは、以下のような他データを参照してもいい(同様に、もちろんUI要因の可能性も検証した)。
- 検索時間データ
- フィルタ使用率
- 離脱地点
UX問題とは必ずしも「嫌われている状態」ではない。むしろ多くの場合は、価値があるから耐えられている状態だ。
そしてUXの仕事は、この耐えられている負荷を見つけることにある。つまりUX問題とは不満の存在ではない。負荷の存在だ。この視点を持てるかどうかで、改善の方向は大きく変わることになる。
最適化には必ず副作用がある
UI改善自体を否定する気はない。軽量化、導線整理、これらはとても大切だ。
問題は、それだけでは解決しないという点にある。むしろ、やり方を間違えると別の問題を生む可能性すらある。
例えば「重い」という不満に対して、単純に軽量化を進めたとする。画像を圧縮する、表示要素を減らす、演出を削る、などなど。
結果、確かに軽くはなるだろう。しかしその結果、商品の魅力が伝わりにくくなればどうなるか。
写真の質が落ちる、情報量が減る、比較がしづらくなる・・・・・・すると今度は別の形でUXが悪化する。
同じことは導線の簡素化でも起きる。「目的の商品に辿り着きにくい」という声に対して、極端な整理を行ったとする。回遊性が落ちる、偶然の発見が減る・・・・・・すると、探索の楽しさが消える。
アパレルECにおいてこれは致命的だ。なぜなら、この種のサービスでは「探すこと」自体が価値の一部だからだ。
確かに、必要なものを買うだけなら検索で十分だ。しかしアパレルの場合、多くのユーザーは「眺める」「比較する」「見つける」体験そのものを求めている。
ここを削れば、短期的には操作自体は楽になるかもしれない。しかし中長期では、滞在時間が減り、回遊も減り、結果としてDAUが減る。つまり、UXの別の側面が損なわれる。
ここから見えてくるのは、UX改善は単純な最適化ではないということだ。
UXは「悪いものを減らせば良くなる」という単純な構造ではない。何かを減らせば、別の価値も減る。つまりUX改善とは、何かを良くすることではなく、何を残し、何を削るかの設計だ。
これは最適化ではなく、トレードオフ設計となる。
例えば、速さを取れば情報量が減る、簡単さを取れば探索性が減る、効率を取れば楽しさが減る・・・・・・このバランスをどう取るかがUX設計になる。
そして重要なのは、何をやるかではなく、何をやらないかを決めることだ。
軽くするべきか。削るべきか。簡素化すべきか。それとも、別の方向で負荷を減らすべきか。
UXアーキテクトの仕事は施策を増やすことではなく、安易な施策を止めることでもある。UX改善とはただの最適化ではない。価値と負荷のバランスを設計することなのだ。

レビューは改善対象ではない
さて、このケースで最も設計的に問題だと感じたのは、レビュー評価の数字そのものがKPIになっていたことだ。
もちろん、レビューはユーザーの体験の結果として現れる数字なため、評価を指標として使うこと自体は間違いではない。
しかし、それを直接改善対象にしてしまうと話が変わってくる。なぜならレビューそのものがKPIとしてかなり不安定だからだ。理由はいくつかある。
まず、操作可能であること。
レビューはユーザー以外でも増やせてしまう。たとえばダークな方法、外部施策によって評価を押し上げることも理論上は可能だ。
次に、水増しが可能なこと。
キャンペーンで投稿数を増やすこともできるし、評価を促す導線を強くすれば数値自体は改善する可能性がある。しかし、これはUXの改善ではなく、悪質な詐欺に近い。
そしてもうひとつ重要なのは、ノイズが多いことだ。
前提として、レビューを書くのは強い感情を持ったユーザーが中心になる。極端に不満がある人、極端に満足した人・・・・・・仕様上、そのどちらかに偏りやすい。

つまりレビュー平均値は体験の平均ではなく、感情の偏りの平均だ。
この特性を考えると、レビューの数字そのものを直接改善対象にするのは危険で、見るべきは別の部分になる。例えば、レビューの内容がどう変化しているか、投稿数がどう変化しているか、不満の種類がどう変わっているかなど。
つまり、強い不満が減っているのか、弱い違和感に変わっているのか、ここを見る方がUXの変化としては正確だ。
それこそ「話にならない」「最悪」というレビューが中心だった状態から、「ここだけ少し気になる」という内容に変わったとする。実数値は2.8から2.9程度しか変わらないとして。
数値は誤差だ。しかし、UXとしては大きな改善だ。なぜなら、体験の質が変わっているからだ。
つまり見るべきなのは平均値ではなく、体験の分布の変化だ。
レビューそのものは改善対象ではない。レビューは、あくまでUXの状態を観測する装置でしかない。
本来やるべき仕事はレビューの数字を上げることではない。レビューという観測結果を読み取り、体験のどこに負荷があるかを特定することが本質になる。
数値ではなく質の変化を見る
ここまでの話を整理すると、UX改善をどう捉えるかという問題に行き着く。
多くの場合、改善というと数値の変化を想像する。レビューが2.8から3.0になった、3.2になった、3.8になった、のように。
しかしUXの観点から見ると、本当に重要なのはそこではない。
例えば、平均3.5が3.6になった・・・・・・これは改善だろうか。たしかに、数値としては改善だ。だが、UXとして意味があるとは限らない。
逆に、平均値がほとんど変わらなくても、「最悪」「使えない」「二度と使わない」といった強い否定的なレビューが減り、「ここだけ少し不便」「改善されたらもっと良い」といった弱い違和感に変わったとしたらどうか。
数値の変化は小さいかもしれない。しかし体験としては大きな変化だ。なぜなら、ユーザーの心理が変わっているからだ。
UXは操作性の話ではない。UIの話でもない。UXとは、人がどう感じるかの話だ。
つまり、UX改善とは平均値を押し上げることではなく、不満の質を変えることになる。
強い不満が弱い違和感になる。拒絶が許容に変わる。我慢が納得に変わる。この変化こそがUX改善。言い換えるなら、UX改善とは平均値の改善ではなく、体験分布の改善だ。
どれだけ極端な不満を減らせたか。どれだけ体験のばらつきを抑えられたか。どれだけ心理的な負荷を減らせたか。こうした質的な変化を見られるかどうかが、UXを数字として扱うか、体験として扱うかの分岐点になる。
UXアーキテクトの仕事とは何か
総括すると、このケースで自分がやったことは単なるUI改善ではない。
ボタンを直したわけでもない。導線を引き直したわけでもない。新しい機能を提案したわけでもない。
やったのはもっと手前のこと。何が問題なのかを定義し直しただけだ。
そもそも、レビューを上げることが問題なのではない。UIを改善することが問題なのでもない。
本当の問題は、どこに負荷があるのか、なぜ価値と不満が同時に存在しているのか、何を見誤っているのか・・・・・・まさにそこだった。

UXの仕事というと、UI設計を想像されることが多い。あるいはユーザー調査やデータ分析を思い浮かべるかもしれない。
もちろんそれらも重要だ。しかしUXアーキテクトの役割はそこではなく、問題を正しく定義することだ。なぜなら、問題定義が間違っていれば、その後の施策はすべて間違った方向に進むからだ。
どれだけ優れたUI改善をしても、どれだけ精緻なデータ分析をしても、そもそも解くべき問題が違えば意味がなく、むしろ状況を悪化させることすらある。
だからUXアーキテクトの価値は施策の数ではなく、問題の解像度だ。
何を改善するべきなのか、何を改善してはいけないのか、何が本当の課題なのか・・・・・・そこを整理することにある。
今回のケースで言えば、レビューを上げることが仕事ではない。レビューがどうしてこの状態になっているのかを理解することが仕事だった。
どう改善するかではなく、どこから考え始めるべきか。そこにUX屋の価値があるのだ。
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